シガーキス

「あ、タバコ切れた」

「俺のあげよっか?」

「晃介のメンソール入ってるからやだ」

いつものように校舎裏でてきとうに暇つぶしをしていた。暇つぶしとは言ってもただのサボり。この時間なんの授業やってんだっけ。現代文?古典?まともに時間割とか見たことないから分かんない。

まぁこんなんだから不良とかヤンキーとか言われるんだけど、自分では別に普通だと思っている。だって俺は髪も染めてなければ制服もちゃんと着てる。もちろん自分から喧嘩売りに行ったりもしない。そして極めつけはこの弱そうな平凡顔である。ただ、すこーし素行が悪いだけ。
ちなみにタバコを切らして不満そうにしているこのイケメンは灰谷玲。俺のオトモダチ。

というか人がせっかくタバコを分けてあげようとしてんのにわがまま言うんじゃねぇ。
少しイラッときた俺は「あっそ」と言いながらタバコを咥えて火を付けた。煙を肺いっぱいに吸い込めば、メンソールの刺激がツンと鼻の奥に突き刺さる。そして目を細めながら美味そうに煙を吐き出した。

「もうメンソールで良いからちょうだい」

俺の思惑通りだ。案の定玲が我慢できずに腕を伸ばしてきた。しかしすぐに渡す気はない。タバコを咥えたまま玲の目を半目でじっと見つめた。焦らされてることに気づいた彼は苛立ちを含んだ笑みを見せ始める。それが面白くて玲の顔に思いっきり煙を吹きかけてやった。

「俺の煙美味しい?」

「その平凡顔、変形させていい?」

随分と恐ろしいことを口にするもんだ。
「ぶん殴る」とかじゃなくて「変形させる」だよ?国語の成績1だっくせに相手を恐喝する言葉だけは一丁前だよな。
俺はただでさえ平凡顔なのにこれ以上顔面が崩れるのは勘弁だったので、大人しくタバコを渡した。

「はいよ」

「さんきゅ」

玲は俺が渡した箱からタバコを一本取り出すと、形のいい唇でそれを挟んだ。そしてそのまま火を付けるのかと思いきや、急に俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。「こいつ殴ってくる気かよ」と思いながら咄嗟に歯をくいしばったが、どうやらそういうわけではないらしい。

「火、分けて」

玲は首を傾けながら、自身が咥えてるタバコを俺のタバコに押し当てた。次第に彼のタバコに火が移る。
いわゆる『シガーキス』だ。
こいつは相変わらずキザなことをしてくる。それでも無駄に顔が整ってるから様になってんだよなぁ。

「…ライター持ってねーの?」

「持ってる」

いろいろツッコミたくなったが、まともに話すのが面倒なのでこれ以上何も言わないことにした。
こいつはいつも何を考えてるのか分からない。

「次の授業なんだっけ?」

「多分数学」

「あー…じゃあ出ないとまずいか。出席日数ギリギリだった気がする」

俺は短くなったタバコを携帯灰皿に擦り付け、重い腰を上げた。
ほらね?結構真面目デショ?
高校卒業できなかったら元も子もないからな。そこら辺の何年も留年してるようなチンピラとは違うんだ。でも真面目に授業を受けるなんて無理な話で、大抵いつも5分経たないうちに夢の中。

その後の授業もずっと机に突っ伏してたら、いつのまにか放課後になっていた。
頭を乗せてた腕が痺れている。不快感で顔をしかめながら手のひらをグーパーしていると、指の間から短いスカートを履いた女の太腿が見えた。

「ちかちゃーん。この後暇?」

「私この後クラブ誘われててごめんねー。あ、晃介も来る?なんなら玲も連れてきてよ」

「あー…うん、聞いてみるわ」

女誘ったら他の男の名前出された。
ヤル気満々だった俺の気持ちは、玲の名前が出てきたことによって一気に萎えてしまった。
ちくしょう。なんかいつもあいつの中間役になってる気がする。腹いせに一発殴らせてくんないかな。

「晃介、この後どっか行く?」

噂をすれば玲が呑気な顔して俺に話しかけてきた。今この状況ではその整った顔とか長い足とか余裕そうな笑みとか、彼の全ての要素が俺を苛立たせる。

「お願いだから一発殴らせろ」

「お願いしてまで殴りたいのかよ。…で、俺のこと誘ってくれた女の子は誰?」

俺が不機嫌な理由を全部見透かされていた。伊達に玲とつるむことが多いわけじゃない。むしろここまでくると気持ち悪いな。
俺は一枚上手だった彼に、溜息をつきながら手短に話した。

「ちかちゃんがクラブあるから玲もどう?だって」

「おっ、いいねー。晃介も行く?」

正直悩んだ。クラブのあのごった返した雰囲気好きじゃないんだよなぁ。しかも玲といると馬鹿そうな女が群がってくるし。
俺的にはビリヤードバーとかの方が好きだ。それかダーツ。

「いや、俺は遠慮しておく」

「あ、そう?気をつけて帰れよ」

結局クラブのお誘いは断ることにした。どうせこの後暇だし山崎の家にでも押しかけようかな。あいつの家、漫画たくさんあるから飽きないんだよね。


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